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「撮られる」から解放される

見るという経験とは?

12月24日まで六本木のアートコンプレックスにあるタカイシイギャラリーで開催中の「Mirror Portrait」を見て来た。写真家、鈴木理策によるこの展覧会、なかなか面白い趣向の展覧会なので是非お勧めしたい。見るという経験とは何かという問いかけの装置として写真を捉えてきたという作家の作品は撮られるという体験を通して「見る」ということを改めて考えさせてくれる。

 

アヴェドンの言葉がきっかけ

「肖像写真とは撮られることを知っている人物の写真だ」リチャード・アヴェドンのこの言葉がミラーポートレートのきっかけになったという。カメラの前では人は撮られることを意識してしまうものだが撮影する側はそれを承知で被写体との距離感を画面に持ち込むかまたは被写体を物質として扱うかの2通りの方法で写真を成立させようとする。では、もしも鏡で自分を見ている人を鏡の裏から撮影したらどうなのだろう。

そんなユニークな発想がこの展覧会なのである。

 

実際に体験もできる

ギャラリー内にはミラーを覗く人達を撮影したポートレート写真が並んでいる。なるほど、そういわれてみるとそこにいる被写体の人々は撮られるという気持ちではない表情をしているように見える。そして、実際にそのミラーポートレートを体験出来る装置がギャラリーの奥に置いてある。箱のような部屋の中には窓があるが外側を見るとその窓は鏡になっていて回りにはライトがぐるりと点滅している。そこに立つと自分の顔が均一なライティングを浴びて鏡に映るのだ。そして鏡を覗く人を箱の内側の窓からはその人に知られることなく撮影出来るのである。実際に僕も何枚も写真を撮ってしまったけどとっても面白い体験なので是非友人とでも出掛けてみてはいかがだろうか?

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この鏡の内側から鏡を覗く人を撮影出来る仕掛けだ。

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どこか普通の肖像写真とは違う雰囲気を漂わせているのが不思議である。

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ギャラリー内には鏡の中から撮影された作品が並ぶが写真作品としても存在感がある。